Prat_1



お久しぶりです。書く内容も無いし伏線も大体回収し終え、残った1つは約1年後に回収するので、一旦フィクションです。中学時代または高校時代に書いていたノートを参考に編集して書きました。『Prat_1』は中学生の時に見た夢をもとにしたフィクションです。元々ノートにメモしていたフィクションに無理矢理ドッキングさせました。そのため続きがあります。とりあえず当分はブログらしいことをせずにフィクションを載せようかと思います。暇な時は空想するしかなかったせいで全体は無駄に長くなってしまいました。文章を書くのもとろいため終わる気がしません(笑)。
また、楽しい話ではなくグロテスクな表現もあるため、苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
名前についてですが、読み方は「途川(みちせ)」、「略(ルエ)」、「夕示(ゆうし)」です。 拙い文章ですが、お願いします。


Prat_1

「というわけで我々の加以国と日州国は分かれたわけですね。あぁチャイムが鳴ったのでお昼休みにしていいですよ。購買に行くのは良いですが、走らないでください」
 先生の注意を聞く人はほとんどおらず、一瞬で教室のドアは渋滞になった。 
 ただし、すぐに席から移動しない者たちもいる。途川はイスから半ば立ち上がって、目いっぱい背中と腕を前の方に伸ばした。そして前の席で居眠りしている略の背中をデコピンで弾いた。
 反応は特にない。今度は席を立ち、肩を掴んでゆさゆさ揺らすことにした。
「おい、起きろや」
 やっと略は起きた。頭を太い指でぽりぽり掻いて、のっそりと途川の方に振り向いた。制服と机によだれがついている。
「もう、昼休み?」
「おう、そうだよ、屋上行こうぜ」
「ふぁあ、センデルは?」
 あくびをしながら聞き取りづらい声で略は途川に訊いた時、教室の後ろのドアが動く音がした。金髪で眼鏡をかけた生徒が閉じたようだ。大きく膨らんだレジ袋を4つ提げている。
「あ、ちょうど来た」
 略はドアの方からこちらに向かうセンデルに軽く手を振った。
「数量限定の特別ラーメン買えたよ」
「そらな、4時間目途中で抜け出して購買に行ったもんな」
「略は2人分でOKでしょ?」
「わあ、さすがセンデル。ありがとうー」
「お前もっと太る気かよ。センデルに贅肉少し分けろよ」
 川道は略の腹の肉をつまんでいじった。
「痛い、痛い。そういうミッチーはセンデルから身長を分けてもらった方がいいんじゃない?」
「うるせー。んなことより早く行くぞ」
 途川は指の力を強めた。
 南区立第一小中等学校には小等科と中等科が存在する。途川、略、センデルは同校の中等科3年生だ。中等科と高等科は同じ校舎に収まっている。土地が無いため校舎を横に広げるのではなく縦に広げざるを得ず、エレベーターが設置されていた。
 「なんか、空気悪くね?」
 エレベーターに入ると途川はそう呟いた。
「え、嘘? 気のせいじゃない? センデルは空気悪いと思う?」
「いや、別に」
「えー、ぜってー悪いって」
途川は反論したが、略の「まあ、すぐに屋上には着くからいいんじゃない?」という言葉に渋々黙った。
 途川は「閉」と書かれたボタンと屋上行きのボタンを押した。ドアが閉まる。
「あれ、動かねーぞ」
 途川はもう一度屋上階のボタンを押した。だが動かない。イラっとした彼はボタンを連打した。しかし、動く気配は全くなかった。
「ミッチー~、後ろの鏡に何か書いてある」
 「え、何?」。略の指差す方に彼は目を向けるとそこには文字列があった。一瞬だけ途川は違和感を抱いた。確かに鏡に文字が書かれているようには見える。しかし、あくまで文字列は鏡の向こう側にあって、鏡に限りなく近くにあるというようにも見えるのだ。もちろんそれはあり得ないことだ。それを確認すると「はああ~!?」と声を上げた。
「ど、どうしたの?」
 センデルはびっくりし、鏡に書かれてある文言をまじまじと見つめ、それを読み上げた。
「このエレベーターをつかうにはひとり、千どうをドアからしはらいください そうしなければうごきません。」
 いつの間にかドア部分には手首が入るほどの大きさの四角形の投入口が存在していた。その横には文字が刻まれている。"ここに入れてください"。「同」は加以国の通貨の名称である。千同札は表に建国に携わった中年女性、裏には白樺の林が印刷されている。価値は“異世界”の「千円」と大体同じくらいだ。
「いや、これぼったくりだろ」と略は笑いながら言った。
「『開』のボタンを押しても開かないよ、これ」
「はあ!?」
 センデルはカチカチとボタンを押し続けていた。だがドアはピクリとも動かない。
「他のボタン押しても動かない! このドア窓が無いし外から人が見られない……」
 センデルの声はやや小さくなった。
 「え~こうなったら……」と略がドアを拳でバシバシ叩き始めた。
「誰か開けてー! 誰か開けてー! 誰か開けてー! 誰か開けてー! 誰か開けてー!」
 略を見て途川とセンデルもドアを叩くようになった。「開けてー!」「開けろー!」
「開けてくださーい!」。
 沈黙。かれこれ一分間叫び続けたが何も反応は無い。
「……千同入れる?」
 途川はボソッと言い、センデルは二人に確認した。しかし、略は乗り気でないらしい。
「いやいや、えー? いやさ一万同は高すぎね?」
「……うん」
 「畜生!」と唸りながら途川はドアを蹴った。「おっ」「わっ」と略とセンデルはそれぞれ反応した。
「痛って! どうしょうもねーから払うぞ。あーオレ、千同持ってない。お前ら持ってる?」
「え? 俺はは一枚しか持ってない。センデルは?」
「ぼくは……二枚一応持ってるけ。」
「頼む貸してくれ」
「あ、やっぱり? うーん。」
 センデルは途川の申し出に眉をしかめた。だが数秒ほど唇を少し嚙んだ後、「ちゃんとかえしてよー」と言って、千同札を彼と自分の分として二枚彼に渡した。
「ええ~、まじで入れるの~?」
「仕方ねーだろ! ほら、くれ!」
 略も渋々、途川に千同札を渡したのだった。途川は汗を少しかき、頭が熱くなっているのを感じた。ハァとセンデルはため息をついた。
「ふざけんなよ! あとで訴えてやる!」
 と言いながら途川は「ここに入れてください」と書かれている長方形の投入口に千同札三枚を突っ込もうとした。略が「誰に?」と訊くとぶっきらぼうに「この学校だよ!」とかえした。
 ざらついた空気を触るようだった。ひっ、と呻いて途川は手を引っ込めた。誰かが手に触れたかのような感触。汗がさーっと引く。三枚の一万同札は投入口の中で溶けるように消えてしまった。「どゆこと!?」。途川は上ずった声を出した。その後、エレベーターは動きだし、屋上に着いた。しかし、ドアは開かない。途川はふと鏡の方を見た。鏡の奥(・)に誰かがいた。多分男の子だろう。手足がぐにゃぐにゃしており、顔がはっきりと分からない。というか、顔の顔の各パーツが激しく損傷し、潰れている。血で赤い顔から所々骨が見えた。
 その時、「声」が「鳴り響」いた。
「おっ金ーをお受けっとりくださぁ~い」
 男の子の奇怪な声。変な抑揚があり、まとわりつき粘つくような不快な声だ。耳の中を撫で回されたような感覚に陥り、途川は軽く腰を抜かしてしまった。側面の壁で何とか体を支えた。気づいた時には鏡からは人が消えていた。
 バサッ。一、二、三……。千同札が六枚も投入口から飛び出してきた。途川は動揺した。意味が分からない。この増えた千同札を受け取れということだろうか。と、同時に何故だか分からないが頭がぼーっとするような感覚に陥った。
「おおー、すごいじゃん」
 略ははしゃいでいた。出てきたその千同札をじっくりと眺めている。センデルも同様だ。おお~と言いながらにんまり笑い頬を紅潮させている。
 「透かしもあるし本物じゃん。そうかぁ、これは金を入れると金が増えて戻ってくる機械なんだ。ようし、センデル、ミッチー、これでじゃんじゃん稼げるくない?」
「わあ、増えてる増えてるよハハハ、へへ?」
 センデルは少し狂ったような声を上げた。不思議に思いながらも2人とも程度の差はあれにやつきながら、それぞれ千同札を二枚ずつ財布の中にしまった。
「うお、『開』のボタンが点滅してる」
 途川はそれに気づいた途端、ボタンに触れたいと欲望が抑えきれず、手を伸ばそうとした。やっぱ、何かがおかしい。怖い。
「あ~、待ってミッチー。『一人、千同』ってことは、入れる金額が千同以上でもいいっていうことで、返ってくるお金がもっと増えるってことじゃない?」
「い、いや普通に考えて変だろこれ」。途川の声は震えていた。
「まあ大丈夫でしょ、本物だし減りはしねーんだからぁ」略のとろい口調がさらに顕著になっている。「じゃ、入れてみるはわ。」と言うと同時に略は財布の中身を器の中に突っ込んだ。硬貨も入れられたはずなのにチャリーンという音も響かず、すっと吸い込まれてゆく。
 例の「おっ金ーをお受けっとりくださぁ~い」という不気味な声が響いた後、どばぁと器から紙幣と金属が溢れ出る。それを恍惚とした表情で見ていたセンデルもおずおずと財布の中身のお金を器の中にぶちまけた。やはり、気味の悪い声の後に器から大量の紙やら金属やらが出てくる。お金がじゃぶじゃぶ出てくるという素晴らしい光景だが、途川は今度こそへなへなと座り込んでしまった。顔が青くなる途川とは対照的に略とセンデルの頬はだんだんと紅潮していき、瞳孔も小さくなっていった。
 こんなことを何回も繰り返しているうちに、金額はどんどん増えていく。硬貨は紙幣に姿を変えていくので、次第に紙だけが溢れるようになる。お金の一気に増えていく様を見ながら、「おっ金ーをお受けっとりくださぁ~い」という音に何度も耳を穢されるうちに、途川はどこか宙に浮いているような心地になった。最初は楽しそうな顔をしていた二人はだんだん顔から表情が消えていき、投入口の中に紙を入れる機械のように振る舞うようになった。
 紙幣が手に触れた瞬間に、途川ははっと正気に戻れた。そして、強く息を吸って辛うじて声を出すことに成功した。「俺、出るわ」。その声はか細く、かすれていた。「開」ボタンを指がじわっと痛くなるまで押し付け、開いたドアから体から滑り込ませるようにして屋上に脱出する。はーっと深く息を押し出し、大きく口を開け、空気を肺に詰め込んだ。少し前までは晴れていたらしいがいつの間にか雨になっていたらしい。口の中で水滴が跳ねた。視界には灰色が広がっていた。
(なんなんだよ、あのエレベーター……)
 ふと視線を感じた。
 後ろを振り返ってみると……。
 その瞬間に途川は手首を掴まれエレベーターの中に引き戻された。
 ドアが閉まった。
 千同札に描かれた中年の女がいた。いつのまにか大量の紙は消えている。女はじっと途川を見ていた。途川は小刻みに震えた。確かに目の前のものを人と認識できる。しかし、自分の目で捉えるのは作り物のような生気のないぬるっとした肌。それに地続きで存在する「目」は空虚だった。だが、確かに自分の方を見ている。捕食者に狙われたような感覚が神経をぬるっとなめるように頭から背中まで伝った。その人型が途川の肩を掴んできた。途川は我慢できなくなり、喉が痛くなるほど叫び出した。
 何度打ちつけたか分からない。途川は肩を掴まれたが逆に体を掴み返し、女の形をしたものを押し倒した。そして首を掴みながらその人の形をしたものの頭部を鏡に叩き続けた。興奮のせいか力が無限に湧くような感覚のまま、鏡に蜘蛛の巣のような形の亀裂が割れ続けるまでがむしゃらになった。
 「何してるの~? ミッチー」
 はっと振り返るとそこには略が居た。焦点が合っていないような目つきで、今までよりもさらに言葉が遅かった。
 「お前、いままでどこに……」
 「さぁっきから居たよー。センデル眠っちゃったねー」
 「は?」と漏らした後に略が指を指す方向、つまり床の方を見て途川は絶句した。そこにいたのは女ではなくセンデルだ。金髪に血がかかっている。今まで人じゃないと思っていたものは、実はセンデルなんじゃないのか?
 「あっちに札束の山ができたんだぁ。一緒に見に行こー」
 そう言って、略は川道の胴体をひょいっと掴み、肩に乗せて歩いていった。途川は後ろを振り返って略の進む方を見た。特に何もなく、強いていえば雨雲と屋上に設置されている柵ぐらいしか見当たらなかった。 「おい、何も見えないじゃねーか。そんなことより早くセンデルを助けるぞ!」
 略はお構いなしに進んでいく。そして、柵に体を乗り上げた。あまりにもスムーズだったので、途川は「わっ」と声を出した。慌てて両手で柵を掴む。
 「おい、やめろ、やめろ!」
 しかし、略は途川を離さなかった。略の体が柵を越えた。
 体2人分の重さに耐えかね、手は悲鳴をあげた。雨のせいで上手く掴めない。「うわっ、やめろ……」。心臓が跳ね上がる。左手が柵から離れてしまった。
 指先の方に誰かの手がかかった。見るとそこに居たのはエレベーターの鏡の奥にいた男の子だった。顔はぐちゃぐちゃになっているが、歯の何本も欠けた口は嘲笑うかのように釣り上がっている。
 男の子は途川の親指を柵から外した。
 途川は呼吸ができなくなった。男の子は腕がぐにゃぐにゃとしているがそれは関係なかった。そのまま、男の子はゆっくりと人差し指を外した。男の子はさらににたにた嗤った。
 男の子が中指に触れた時、残っていた3本の指は全て柵から外れてしまった。男の子は消えた。
 「あ」
 体が嘘のように軽くなる。壁に手をかけようとするが、何も掴めない。焦る心をお構いないしに、体は勢いよく加速して落下する。途川は恐怖の底に叩きつけられた。
 国際標準歴66年4月のことであった。
 国際標準歴63年10月某日。
 「おい、○○○!」
 肩がビクッと動き振り返る。
 「何……?」
 廊下を後ろから大股に歩いてくるのは○○と○○と〇と○○と○○○〇と夕示だった。「ちょっとこっち来いよ」と言われてエレベーターに閉じ込められた。
 「お前さぁー、何帰ってんの、カネ」
 ○○が手を出していた。
 「え、だって……今日は何も……言って来なかったじゃ……」
 声が段々と小さくなっていく。
 「あぁ!? 自分から来て出せよ」
 「こっわ、ハハハ」
 数人が顔を歪めながら笑いこちらを見ている。
 「ほら、いつものやれよ。ヒステリック売女から盗ってきてくれたんだろ?」
 ○○○○が後ろに回り込み、足に向かって蹴りを入れた。「ヒッ」という叫び声が漏れた。軸を失って膝が地面に着いた。数個の口から侮蔑の嗤いが起こる。くしゃくしゃの札束をボロボロの手提げから取り出した。早く去ってくれることを願って、それからにたっと笑った。
「おっ金ーをお受けっとりくださぁ~い」
 間抜けた声と共に札束を差し出すように上に掲げる。これが最近は彼らにウケるらしい。哄笑の後に誰かが「おっ金ーをお受けっとりくださぁ~い」とモノマネし、また哄笑が起こる。もうずっと惨めな気持ちだった。涙が今にも溢れそうだがどうしても耐えなければならなった。泣いてしまえばそれを囃してくるからだった。恐怖という感情に蓋をして、へらへらした態度をキープし続けた。
 「じゃあな、チビブタ! お前―から風呂入れよ。もし水道代払ってるんだったらな!」
 去り際に腹に蹴りをいれられた。  
「ハハハハハ!」
 汚い侮蔑の言葉と笑い声は耳から入り背骨をなぞっていくように体中を侵していった。確かに腹は出ているが、手足は細い。
 どうしても水が飲みたくなったので帰ることにした。公園の水飲み場が最近故障したのだ。  
「ただいまー」
 弱弱しい声で錆びた扉を開けた。キィと音が鳴る。暗い室内からのそそと歩いてくる影が見える。ママだ。何か黒いものがあると思った時には、ドアに後頭部を叩きつけられた。ママに蹴られたのだ。視界がぐらぐら揺れる。「痛い、痛い」と叫んでいるとそれをかき消すような罵声が飛んできた。
「カネなくなってるんだけど、あんたが盗んだんでしょ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ごめんなさい」を繰り返す他ない。細い腕が伸びてきて首を掴まれた。腕は細いが力は強かった。振りほどこうと無我夢中で腕を掴み返すが無駄だった。
「こっちに来い!」 そのままカーテンの閉め切られた部屋の方に連れられた。物が散乱しており、掃除もされていないため埃っぽい。ゴミがしっかり出されていないため悪臭が充満している。
「このタンスから何万盗ったの!?」
「か、数えてないです」
「嘘つけ!」
 ママにぶたれた。けど本当に知らない。
「本当、本当」
わめいていると、「ああ!」とママは叫んだ。体を地面に叩きつけられて倒された。ママは両手で首を絞めてくる。「ごめなさ、ごめなさ」。息が吸えない。ママの目は充血していて、「返せよ、返せよ!」と繰り返し叫んでいる。足をじたばたさせていると何かを掴めた。とても重い。
 どうやら、それは灰皿だったらしい。無我夢中で手に取ったものをママの頭に叩きつけた。ママは驚いたような表情を浮かべてよろけ地面に倒れ込んだ。だがすぐに怒りの表情に変わり、先ほどより恐ろしい形相になった。思わず、立ち上がったあとに灰皿でママの頭を叩き続けてしまった。「ごめん、ママ」と思いつつも本気で叩き続けてしまった。「この世で一番大切なものは○○なのよ」とママが自分を優しく抱きしめながら言ってくれた記憶がふっと思い出された。
 異変に気付いたのは、ママが動かなくなってからだ。
「ママ? ママ!」
 肩をゆすっても全く返事はない。顔をみると鼻血がでており、目は腫れていた。何度ゆすっても何度も「ママー!」と叫んでも起きることは無かった。
 あいつらのせいだ、あいつらが悪いんだ、あいつらがいなかったらお金を盗ったことをママに怒られずママを殺すこともなかったんだ。完全に夜になり真っ暗になった部屋で一人そう思った。その後、包丁を研ぐことにした。
 翌日、授業が行われているタイミングで教室に入る。ドクドクとうなる心臓の音が不快でしょうがない。包丁の柄は手汗まみれになっている。○がちょうど教室のドアの近い所にいた。ドアの開く音で〇は振り返った。「遅ーじゃねーか、チビデブ」と言った彼の背後から抱きかかえるようにして包丁で心臓めがけて思いっきり刺した。自分の腕と手が自分の物でないような感覚になった。〇は悲鳴をあげた。刺すときに肉の反発を感じた。しかし、ある程度までは貫通したはずだ。心臓の鼓動がますます速まった。力を入れて包丁を抜いた後、今度は近い所に座っている夕示を狙うことにした。教室が騒ぎ始める。夕示は全くと言っていいほどに恐れの感情を顔に出していなかった。むしろ、その女性めいたきれいな顔に少し笑みを浮かべている。
 何が起こったか分からない。夕示を包丁で切りつけようとした瞬間には床に顔を叩きけられていた。起き上がると包丁は夕示の手にあった。笑みを浮かべて自分を見下ろす夕示。
 冷や汗をかいた。走って教室を出て階段を上って逃げる。なぜ階段を上ったのか、逃げるなら下りた方が良い。とにかく焦っていた。
「お前、面白いな。まともな読み書きも足し算も出来ないくせに」
 夕示がなぜか追いかけてくようだ。全速力で走っているが、距離はみるみる詰まっていく。
 いつの間にか屋上まで来ていたらしい。「フ、ハァ。フ、ハァ」。恐怖で喉が掠れるような呼吸になり、まっすぐ走れなくなった。屋上の柵によろけた。夕示との距離は1mもない。
 整備不良だったのか急に柵が倒れた。心臓が冷たくなったように感じた。体をじたばたさせると頭の方が足より下側になった。
(死ぬ……いやだいやだいやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ)
 なぜか思い出した。「この世で一番大切なものは○○なのよ」。ママがそんなことを言ってくれたことはない。全くの空想で偽の記憶。より一層自分が惨めであると気づいた。唇を噛み千切る。ドロッとした鉄の味。
 
 なにもかもが、憎い。  


——Prat_2へ続く。


続きでは夕示が主人公になります。何がどうなっているのか分からないと思いますが、解説も続きで補完します。