前文 中編その3 240906
1週間後、英語の授業でAちゃんとまたペアワークを行った。ペアワーク中にちょっと雑談が出来るのがこの授業の良いところだ。「有島武郎の『一房の葡萄』読んだよ。 めっちゃ面白かった!」
その後感想について掘り下げた後に、「他におすすめの本はない?」ということでラインを交換した。
Q 「手口」が成功してよかったですね。下心はありましたか?
A 質問の仕方が「ある」前提ですね。…ありましたよ。が、しかし、小説の楽しみを再認識したのも確かです。
Q 左様。
そう、面白かったのである。大学に入り本を読む余裕はあったはずだった。しかし、小説を読むということをしていなかった。いや、忘れていた。図書館で借りた『三体』を高2の夏に読んだのが最後になる。ずっと前だ。受験期は仕方ないとして、大学に入り少しは余裕が出来たはずである。しかし、今までと全く異なる環境に慣れるのに手間取っていた。スマホだって大学に入って初めて触ったんですよおぉ~!
ま、そんなこんなで小説の味を忘れていたのだった。そして今回の味は前のとは少し違っていた。今までファンタジーやSFばかり見繕っていたが紹介してもらった『氷点』という小説は心理描写に主眼が置かれている話だった。
話は脱線したが、その後Aちゃんとラインでやりとりを続け、食堂で一緒に食事をすることもあった。研究室見学に誘ってOKが出た時には心の中でガッツポーズ。
だが、ある日のこと。Aちゃんと男子が手を繋いで歩いているのを見た。
「9割9分『ドンマイ』だな。今度会う時…、研究室見学か。その時に訊いて確認するのが良いだろう。おーい、大丈夫か? つんつん」。頭の中で「俯瞰者」がそう告げた。
研究室見学当日。理学部で待ち合わせをした。案内役の先生が来るまで少し時間があったため、ロビーの椅子に座って待っていた。今の内に訊こうか訊くまいか逡巡していると、右足の靴紐がほどけているのに気が付いた。靴紐を直していると、Aちゃんが話しかけてきた。
「右足の靴紐がほどけると好きな人と結ばれるっていうジンクスがあるよー!」
少々強引かな、と思いつつも俺は靴紐を結びながら質問をした。
「ふーん、そうなんだ。そういえば、Aちゃんって彼氏はいるの?」
いやぁー、それはもう軽やかな声で。
「うん、いるよ!」
ちったー、仕事しろよ! ジンクスうぅーー!!
疑問があった。彼氏がいて研究室見学を俺と来ていいのかと。
「え、あー。彼氏がいるのに俺とこの見学に来て大丈夫なん?」
「大丈夫! お互い信頼しているから!」
今までつきまとってしまい、すいませんでした!
技あり技あり合わせて一本! それまで!
研究室見学が終わった後、Aちゃんはサーッと自転車で帰っていった。俺は駅に向かうための道を通っていった。道はあまり整備がされている訳ではなく、雨上がりだったため、ぬかるんでいた。歩いていると誰かに足元を掬われ、ずっこけた。
「貴様ー! 彼氏のいる者に対して恋慕の情を抱くとは! 恥を知れ! 恥を!」
「痛ってーな! 知らなかったんだからしょーがねーだろ! 壊れたか、保守派①」
この日は喧嘩をしながら帰途に就いた。
この年は理学部に行けず、留年した。